1 年次有給休暇の買い上げのシーン
年次有給休暇が未消化となった場合に、年次有給休暇の買い上げを何の検討もなく行っているところもあるかもしれません。年次有給休暇の買い上げが発生する場面を整理しておきます。
●法定の年次有給休暇が未消化のため翌年度に繰り越される。
●法定の年次有給休暇が未消化のため時効となり取得できなくなる。
●法定を超える年次有給休暇が未消化のため翌年度に繰り越される。
●法定を超える年次有給休暇が未消化のため時効となり取得できなくなる。
法定年次有給休暇は、労基法第39条に規定があります。
細かいルールは任意に様々なバージョンが考えられますが、大きな柱はこの4バージョンと考えられます。
加えて、買い取り規定のことを整理しておきましょう。
●年次有給休暇の買い取りの規定・ルールがある。
●年次有給休暇の買い取りの規定・ルールはない。
これらのバージョンごとに考える必要があります。
2 そもそも年次有給休暇の目的は
年次有給休暇の買い取りの話ではありますが、年次有給休暇はそもそも「休暇」です。その制度目的は休ませることにあります。法律の考え方は、年次有給休暇の取得にあります。
ここではっきりしていることは、年次有給休暇を取得させることなく、賃金を払えばいいとか最初から買い取る行為は違法であるということです。年次有給休暇の考え方に背くことになる行為だからです。
従業員の方も買い取ってくれればいいやと疑問に思わないことから問題になっていないかもしれませんが、どこかで指摘された場合には違法になりますので気をつけましょう。
3 年次有給休暇の繰越と時効
年次有給休暇の繰越しの扱いについての行政通達を示しておきます。
問:有給休暇をその年度内に全部をとらなかった場合、残りの休暇日数は権利放棄とみて差支えないか、又は次年度に繰越してとり得るものであるか。
答:法第115条の規定により2年の消滅時効が認められる。
【有給休暇の繰越】昭和22年12月15日基発第501号
また、司法判断でも
「当該年度に消化されなかった年休については・・・翌年度に繰り越され、時効によって消滅しない限り、翌年度以降も行使できるものと解すべきである」
【国際協力事業団(年休)事件/東京地判平9.12.1労判729号26頁】
これらから、たとえ就業規則に年次有給休暇の権利を翌年度に繰り越さないといった規定がなされていたとしても、年次有給休暇が繰り越されず消滅することはないということになります。
行政通達も同様です。
(問)
就業規則で「年次有給休暇は翌年度に繰越してはならない」と定めても無効か。
(答)
できるだけ年度内に年次有給休暇を取らせる趣旨の規定を設けることは差支えないが、かかる事項を就業規則に規定しても、年度経過後における年次有給休暇の権利は消滅しない。
【昭和23年5月5日基発686号】
4 法定年次有給休暇の未消化の場合
法定年次有給休暇の未消化の場合は、その年度の未消化の買い取りの場合と次年度に繰り越された年次有給休暇の未消化の場合とあるかと思います。
年次有給休暇の買上げの予約をし、これに基づいて法第39条の規定により請求し得る年次有給休暇の日数を減じないし請求された日数を与えないことは、法第39条の違反である。
【昭和30年11月30日基収4718号】
もう少し、細かく正確にみます。
労働基準法上は、年次有給休暇を利用できなくなる行為が違法であるとされます。その点で、年次有給休暇の買い上げの契約をしただけ、あるいは、買い上げの予約をしただけの行為は労働基準法違反になるとは言えません。
ただし、結果的に、年次有給休暇を与えなかったとなりますと労働基準法違反になります。
しかしながら、
年次有給休暇を買い上げる旨の契約をしたり、あるいは、買い上げの予約をしたりする行為ですが、結果的に労働基準法第39条の年次有給休暇を行使することを妨げることに直結することから、公序良俗違反(民法90条)となり無効となります。
次に、翌年度に繰り越した年次有給休暇の未消化の場合です。繰越分が未消化で時効を迎えるため年次有給休暇の利用権が消滅する場合には、補償として対価を支払って買い取ることは、即違法になるものではないと考えられます。
ただし、そのことから、年次有給休暇の取得を抑制することにもなりかねません。もし、次年度に繰り越された年次有給休暇の未消化分が、取得よりも買い取りの色が濃くなっている場合には、年次有給休暇の抑制になっていると評価される場合もありますので、違法のリスクがないとは言えません。
その点から、このような場合でも買い取りは好ましいとはいえないとの考え方もありますので、注意する必要があります。
5 法定を超える年次有給休暇の未消化の場合
まず、法定を超える年次有給休暇の取り扱いについてみてみましょう。
〔法定を超える有給休暇の取扱い〕
照会内容
労働基準法39条に定められた有給休暇日数を超える日数を労使間で協約している時は、その超過日数分については、労働基準法第39条によらず労使間で定めるところによって取り扱って差し支えないか。
回答
貴見のとおり。
【昭和23.3.31基発513号、昭和23.10.15基収3650号】
つまり、法定を超える年次有給休暇の取り扱いについては、法律も国も関知していないと言えます。
ということは、
法定の年次有給休暇を超える日数の年次有給休暇の部分を買い上げても労働基準法違反にはなりません。
ただし、年次有給休暇は休暇に意味がありますので、はじめから買い取りをあてがって利用させないことは、従業員からの苦情になりかねませんので、あくまでも年次有給休暇の利用を考えるべきです。
6 年次有給休暇の買い取りの規定の有無
年次有給休暇の買い取りの規定がある場合には、上記の1から5までに記載した内容を踏まえた対応が適切でしょう。
年次有給休暇の買い取りの規定がない場合には、上記の1から5を踏まえたうえでの買い取りであっても、もともと買い取り制度がありませんので、事前に説明して買い取ることの承諾を得ておくべきと考えます。
また、その場合でも、必ずしも買い取りが従業員にとって利益になるとは限らない場合も考えられますので、買い取りの金額やタイミングなどについて、事前に説明して承諾を得ておくべきと考えます。
買い取りが必ずしも利益にならない場合としましては、たとえば、残っている年次有給休暇のうち何日かを利用する予定でいたという場合などは典型です。つまり、金銭ではなく休暇がほしかったという場合です。これは買い取りのタイミングの問題と一緒に見る必要があります。
もっとも、時効で未消化の年次有給休暇が利用できなくなるという最終日やその日以降に、未消化の年次有給休暇を買い取って支払う場合には、苦情にならないと考えますので、状況的には買い取りは可能と言えます。
しかし、きちんと買い取りのタイミングや対象となる年次有給休暇などをルール化して、予め説明しておくことが間違いないでしょう。
こうしてみてきますと、年次有給休暇のバージョンにより詳細にみなければいけない内容ですが、基本的な原則は、休暇という以上は休暇を利用させることが鉄則であると言えます。時効で流れてしまう年次有給休暇が出る場合などに買い取りをあてがうという方法がリスクの発生を防ぐことになります。
自社の年次有給休暇の買い取り制度と運用実態を見直してみてはいかがでしょうか。
【特定社会保険労務士 亀岡 亜己雄】