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首都圏中央社労士事務所

 

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代表はこんな人

沿 革・略 歴

 

最終学歴

 筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業法学(博士前期課程)修了

 筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業法(博士後期課程)満期で終了

  ●研究分野:労働法・社会保障法  学位【修士(法学)】

1998年

 社会保険労務士試験合格

1999年  亀岡社会保険労務士事務所を設立
2006年  特定社会保険労務士試験に合格
2006年  「特定社会保険労務士」を付記
2011年  首都圏中央社労士事務所に組織変更
主な所属  ●埼玉県社会保険労務士会  ●筑波大学大学院労働判例研究会

◆特定社会保険労務士とは、会社と従業員(退職者を含む)の個別労使紛争(企業対労働者)の解決業務ができる資格のある社会保険労務士のことです。

代表社労士に一問一答

Q この仕事についたきっかけは?

A 法律に興味があったこと、サラリーマン時代に、企業の労務対応に疑問を抱いたことですが、ビジネス経験の中で企業経営者のお手伝いをさせていただく中で、生身の人間と接触する労務管理の重大さを認識し、労務から企業の発展・存続に貢献したいと強く思ったからというのが一番です。経営のお手伝いができることは魅力です。

 

Q 仕事にやりがいはありますか?

A もちろんです。自分に合っていることもありますが、「亀岡さんのおかげで助かりました」と言われたときは、最高です。何年やっても、お客様と一緒に、諸問題を解決していく過程に一番のやりがいを感じます。

 

Q このWEBサイトに載っていない業務はやらないのですか?

A いえ、社会保険労務士の業務範囲であれば、ほとんどすべてやっています。特に、小規模企業では、外部にアウトソーシングしたほうがコスト削減になりますので、尋ねてほしいですね。ただ、最近は、労務コンサルティングを行うことが多くなっています。

 

Q どんな性格ですか?

A なんでも話せるとよく言われます。また、他の同業他社にしゃべらないから安心ともよく言われます。熱意を持って、飾らずに取り組んでいくタイプです。自分で言うのもなんですが、裏表のないタイプとも言われています。

 

Q 仕事での取組み姿勢は?

A カウンターの向こう側(お客様側)に立って仕事を進めます。タイムリー、スピーディを実践しています。極力、専門用語ではなく話し言葉で対応します。どうしても専門用語がと言う場合は、わかりやすい説明を入れます。

 

Q 最後に

A お客様のお話を何でも聞きます。愚痴、経営のつらいこと、うまくいったこと、業界のことなど労務以外のお話もじっくりと謙虚に受け止めます。

人口1万人足らずの山のふもとの田舎町の出です

特定社会保険労務士の亀岡 亜己雄です

生まれは、福島県です。私が過ごしたところは、伊達郡国見町という人口1万の山のふもとの小さな田舎町です。

福島県は、中通り、浜通り、会津地方の3つで構成されており、国見町は、中通りの最北端の町です。この町の向こうは宮城県になるというところです。                                           

 

福島は、今でこそ温暖化の影響で、冬の気温もそんなに低くなっていないようですが、当時は―10℃もめずらしくなかったのです。山からの突風で毎日吹雪で、玄関戸や自転車のタイヤ、水道管が凍りつくことは日常でした。交通機関がなく、手袋3枚、靴下3足に防寒ブーツという完全出で立ちで、自転車通学していました。

 

片道10キロの通学路でしたが、坂道と向かい風は若い私の体力でもきつかった・・・・。冬は、坂道がアイスバーン。でも、ゆっくりブレーキをかけながら下りていくしか方法はなく、案の定、すってんころりん。山からの暴風と雪で視界は最悪。冬はマスクをしながらの通学でしたが、齒で噛んでいないとマスクは一瞬で飛んでなくなってしまいます。ずいぶん鍛えられたものです。突風で自転車ごと道端の田んぼに落ちることもしばしばで・・お恥ずかしいかぎりです。

初々しい社会人1年生

 

そのような田舎ぐらしに染まっていた時代を経て、無事、大学も卒業し、TKCに入社をして社会人生活が始まりました。TKCは、会計事務所が直接のお客様で、簡単に言いますと税理士・公認会計士の団体組織としての機能もあります。大学時代に企業会計のゼミに所属し、会計学を学んでいたことから、実務的に活かしたいし、専門性もあるとの思いからTKCで力を発揮したいと一念発起したのです。

 

当時は、簿記の勉強も結構がんばったものでした。でも、簿記は会計学と違って、技術的な部分をつかさどり、なかなか細かいものという印象が拭いきれず、がんばった割には、あまり身についていないようです。

 

TKCでは、新入社員研修のメニューに座禅研修がありまして、非常に有意義でした。『参禅入門』(大森曹玄著)の読書10回命令も新鮮なものでした。禅寺では、みごとけいさくでバシっと打たれました。静かな境地に身を置くと新発見がたくさんあります。いいものです。そのけいさくは、お坊さんが私の同期生を叩いたらひびが入り、その同期生がお坊さんにプレゼントされました。              

 

サラリーマン時代の最初で与えられた仕事は、法律情報データベースLEX/DBの構築でした。まったく法律を知らなかった当時の私にとって、日々勉強の連続でした。明治時代の古い判例集は開くと手のひらがかゆくなるほどで、貴重な文献ですから、非常に気を使って扱っていたのを思い出します。当時は仕事柄、毎日、裁判例を目にしていましたが、全く読めませんでした。

でも、判決文を一字一句違わずデジタル化して商品にするのは、とても地道な作業でしたが、やりがいがありました。日本で最初の本格的な法律情報データーベースと言われていましたから。わからない箇所は税務研究所を頼りました。TKC税務研究所の先生方は、元判事や国税不服審判所長などを歴任された、とても博学な方々ばかりで、ぱっと読んで、判決文はここがおかしいなど鋭い指摘をされるほどで、とても勉強になりました。

 

思えば、このときから何か法律に縁があったのかもしれません。そうした判例集を手に取ってめくり、読んでいく作業は不思議といやではありませんでしたから。

その後のTKC時代

 

その後、本社勤務で全営業マンの活動管理、全社の予算実績管理などの業務をこなしました。途中、TKCの株式上場プロジェクトのほんの一コマにも携わることができて、また勉強をさせていただきました。会社が証券市場に上場する舞台裏に少し触れることができましたが、上場とはこのように大変なものかと感じていました。

 

コンサルティング営業の部隊に移ってからは、ひたすら歩く歩くの連続でした。スーツから塩が吹くくらい歩きました。当時はまだクールビズではなく、服装マナーも厳しかった時代でした。夏でも上着を着て営業しておりました。

 

お客様へ提出する営業の提案書やビジネスの企画書、セミナーや研修のレジュメ・テキストなどの作成は、すべて夜会社に戻ってからやっていましたから、毎日、午前様に近いスケジュールで生きていました。

 

それでも、直接向き合うのは公認会計士や税理士の先生で、税務・会計を主とした専門性のある仕事に非常にやりがいを感じつつの仕事でしたから、充実していた日々でした。セミナーで思い出深いのは、昭和天皇が崩御された日に、街中が消灯で真っ暗の中、セミナーを行ったことでした。今であれば、おそらくセミナー即中止だと思います。

 

コンサルティング営業も踏ん張っていたせいか、首都圏トップセールスになったこともありました。まあ、勢いでなった当時のまぐれです。こんな中、会社の組織、社員の転勤、処遇など労務的な要素に非常に興味がわいてきていました。

 

会計に馴染んでいたせいか、TKC時代の転勤の経験、営業、システム開発、事務系職種などの賃金、会社人事など労務的な要素が一様でないことの不思議さを思いっきり感じていた時だったからなのかもしれません。

 

当時は、労働者の立場から、転勤については、「法律上、必ず従うべきものなのか」「転勤は社命なのに、それに見合う金銭負担はどうなのか、違法性の線引きはどの辺か」などの法的な探究心も芽生えていたころでした。

 

一方で、管理会計(決算・申告のための会計ではなく、経営の意思決定のための会計)のノウハウはかなり蓄積され、公認会計士や税理士の先生方に経営分析についてノウハウを説明したり、経営分析の講師をやるまでになっていました。

このノウハウは、社会保険労務士になってから、賃金や賞与、社会保険料等を決定する際の人件費分析などの人件費管理に活かされています。また、信頼を寄せてくれるお客様は、社会保険労務士の顧問契約のほか、経営分析などのコンサルタント契約でもお付き合いをさせていただいております。まさに、TKC時代に培った、業務ノウハウは宝です。ある意味、異色の社会保険労務士でしょうか?

コンサルティング・ファーム時代から開業へ

 

こんな多忙なTKCからコンサルティング・ファームに転職しました。社会保険労務士になって、労務に関する仕事がしたいという目標に向かうために転職したものでした。

なぜかと言えば、社会保険労務士として、さまざまな企業のお手伝いをしていくためには、「書類だけ書いていてもだめだ、経営的視点が必要で、さらに経営の長所短所が読み取れなければならない」といち早く考えていたからなのです。何よりも、いずれの経営者も、覚悟を持って事業を営んでいます。その思いを知ることが大切だと気づかされました。

トータル的にそれを身につけなければ経営者のサポートなど自分にできるはずがないと思っていました。そもそも、勉強しないと会話についていけないし、相手にされないと思っていました。

 

それは、社会保険労務士が向かう方々は、第一線で経営をしている方々だからです。TKC時代にたくさんの経営者の方々とお話しさせていただいた経験も活きています。こんな動機から、転職したものの、コンサルティングの業務はTKC以上にハードでした。

 

会社の事務所に寝泊まりすることもかなりありました。経営診断書をまとめるのは、複数名でやっても、並々ならぬものではなかったのです。経営診断書は、簡易版でも厚さ7、8㎝のファイルにパンパンでしたから。

 

しかし、このコンサルティングの経験が、社会保険労務士になって大いに活きています。管理会計だけではなく、販売、労務、財務、開発等という経営の基本機能を関連させて捉えることができるようになったのは、実地で勉強させてもらった賜物と言えます。

中でも、経営理念、ビジョン、経営方針、戦略、戦術などの関係と構築する術を学ぶことができたことは財産です。これらは、自分の人生をデザインする際にも共通に役立つメニューとしても役立っています。

 

いずれの機能も、それを成し遂げるのは、従業員の活動を通して達成できることが大切だと知りました。経営者一人でできるものではないと・・・。売上・利益は、従業員の努力を通して達成される。従業員のやる気控向上による業績アップが理想像となり、労務はその要だと認識した次第です。

 

経営理念、経営方針・計画、経営戦略など経営の基本柱は、TKC時代、コンサルティング・ファーム時代とかなり勉強させていただき、それなりに自分の視野が広がったように思います。

 

こうして社会保険労務士になった後に、多少なりとも、企業や経営者の方と話がかみ合うようにと自分を磨くことができたと思っています。その後、きちんと資格を得て業務を行おうと、社会保険労務士に挑み、なんとか合格、開業となりました。

ゼロからスタートの社会保険労務士1年生

 

社会保険労務士としての開業は、サラリーマン時代とすべてが違います。人はサラリーマンでなくなった瞬間に、背中の看板やブランドが消えます。サラリーマン時代は、看板やブランドがあり、勧める商品もあり、営業方針を考える人もありとありありだった。開業するとこの違いにまず、気づきます。

 

冷静に見つめたところ、商品は何か、企画を考えるのは誰か、営業するのは誰かという疑問にあたりました。どれも答えは同じでした。これがサラリーマン時代との根本的な違いであると知ってからは、ゼロから進むのみを肝に銘じ、かっこ悪さも気にせず、日々邁進したように思いました。忘れなかったのは、熱いハートだけではなかったかと思います。

 

しかし、開業当初は、事務所もアパートの一室、言うなれば、一坪オフィスです。日中、そんなところからスーツを着て出ていけば、ご近所さんも不思議な顔をするわけです。「バリバリの働き盛りの年齢の男が、スーツ着て怪しい?」って思われているんだろう。当時は、そんなことも頭をよぎりながらやっていたように思います。初々しい社会保険労務士1年生のころです。そんなスタートでしたが、教わったノウハウは素直に実践しました。自分と事務所の棚卸したのです。経営理念を構築、経営ビジョンを設定、経営計画を策定、単年度目標の数値も決め、数ページの経営計画書を作りました。

 

事務所の経営計画書において、自分の財産を棚卸して、できることを行動計画にしました。人脈なし、これといった武器もなしとないないずくしでした。人脈もない自分が自分の意思だけですぐにできることは何か考えたら、飛び込み営業でした。

 

名刺と業務案内を持って、ひたすら、日々足で営業して開拓しました。当時は、今のようにインターネットがまだメジャーでなかったころでした。アナログ的方法でコツコツとでした。春日部市と越谷市を百数十件訪問し、開業数か月で1件の顧問先ができました。それはそれは、自分のような社会保険労務士と付き合って下ることを決めていただいた初めてのお客様に大感謝でした。就業規則の作成、助成金、賃金台帳の調整などすべて一生懸命だったのを記憶しています。もちろん、今でも一生懸命やります。

社会保険労務士として波に乗り役割を意識する

 

自分の足で、何とか顧問先を開拓してからは、よい信頼関係のもとに、顧問先も拡大し、労務顧問、研修の講師、セミナー講師などの業務を担当させていただいております。開業3年で、顧問先十数件とご縁ができたことは何よりの喜びでした。「よし、このお客様を大切に、精一杯対応していこう」と誓いながら日々の業務を行っていました。感謝しても感謝しきれません。

ある業種団体で研修講師の依頼を頂いた際には、「経営の今を変える」ことを労務の切り口からお話をさせていただきました。いい意味で経営者の方を前向きにさせるお手伝いができたと実感が沸き、とても感謝しました。

 

最近では、働き改革についてやパワハラについてなどの研修テーマが多いようです。時代の傾向を反映して、労務も年々変化していきました。

 

当事務所には、社会保険労務士の枠にとどまらず、人に関する様々なことが舞い込んできます。たとえば、従業員が外で借金をして督促に追われているがどうしたらいい?親が亡くなったが、兄弟で相続争いになっている?プライベートで交通事故に合って相手との交渉はどうしたらいい?会社に空き巣が入った?友人が浮気をして離婚問題になっている?などなど人のことは何で話題がやってきます。頼りにされていること実感させていただく瞬間でもあります。もちろん、社会保険労務士として業務対応できるできないの領域はあります。

 

まわりのたくさんの方々、中小企業の経営者の皆様に支えらえて、社会保険労務士として非常に充実した業務を行わせていただいております。一方では、ハローワークや年金事務所に係る機会は仕事柄多いわけですが、ときおりショッキングな話を聞くものです。

 

・あるときは、「俺は特定だ。特定社会保険労務士だぞ・・・」とある社会保険労務士が窓口でえらそうに言って帰ったという話(職安の方も決してよく思っていないようでした)。

・あるときは、「企業からハローワークに労働問題の電話が入って、社会保険労務士に相談するように職員が促すと、その企業には顧問社会保険労務士がいるそうだが、労務トラブルには対応しそうにないと評価されているみたいで」というお話(労務トラブルは法的な判断を当てはめるのですが、それができない社会保険労務士だったようです。代わりに職安の方が答えたそうです)。

・開業時の飛び込み訪問をした企業で、「俺は社会保険労務士が嫌いだ。昔、労災の手続で高い代金を請求された」というお話。

・あるときは、「社労士はダメ!法律を知らない」「条文も知らない」という行政あるいは、弁護士からの話(社労士は判例はおろか条文も読んでいないと嘆いていました。)。

 

こんなお話しを聞くたびに、自分はそのような社会保険労務士にならないようにしようと反面教師と受け止めたものです。社会保険労務士は、裏舞台で専門スキルに磨きをかけることに一生懸命にならなければいけませんし、それが当たり前であると考えています。もちろん、専門ありきになってはいけません。現実の経営労務の実務に対応する姿勢こそが重要であることは不変です。労務は実態を踏まえないといけません。正しいことでも、取組が可能なこと不可能なことがありますから。

 

どんなに経験を積んでも、社会保険労務士は、中小企業の経営を労務の面からサポートし、少しでもよくなるように整備のお手伝いをさせていただき、労務問題が起きないように防御の網を張る役目であると考えています。

また、トラブル防止だけを言えば、素行不良な従業員に目を向けがちになりますが、従業員に支持される良い会社にすることも大切です。まじめに働く社員が士気を下げないようにすることもその一つです。それが、会社の生産性や業績につながるわけですから。

 

日々知識・知恵を仕入れるために、経営のこと、労働法のこと、さまざまなことを勉強することにつきます。そうした考えから、筑波大学大学院で企業法学を学び、さらに研究・勉強を深めようと、同大学院の博士課程で研鑽を重ねました。

また、同大学の労働判例研究会に所属しているおかげで、自分でも日夜、労働判例を素材にした研究・勉強を継続しております。法的な判断材料のスキルアップは必須事項です。労務の現場は、いろいろなことが起きます。でも、人と人の感情をぶつけても解決はできないもの。同じ尺度を提供する役目は社会保険労務士の仕事だと思うのです。

 

モットーはノウハウやスキルは常に磨き向上を図り(インプット)、お客様の相談に答える際は、お客さまにわかりやすいよう、さりげなく専門家の知恵をタイムリーに提供する(アウトプット)。常に、お客様の経営全体を意識した労務コンサルティングを行うことは大切だと考えております。

ブラック・ブラウン化しないようにサポート

 

当事務所は、手続業務も含め、就業規則を柱に中小企業の採用から退職までの労務の整備、労務環境の整備に力を入れてきています。

事前措置と事後対応、特に、労務は日頃からの事前措置が非常に重要です。労務は必ず人が関係します。事が起きる前に日頃から対策することが肝になるのです。

労務が大変なのは、事が起きた後では、事が起きる前のちゃんとしていた状態を作れないですし、一夜漬けもきかないからです。たとえば、従業員からの苦情に対応しようとして就業規則を見たら条項に不備があった。しかし、就業規則の不備は事後的に修正しても将来に渡って適用していける状況になったというだけで、苦情が発生した際に適用した条項で適用せざるを得ないのです。労働条件明示書(雇用契約書)などもそうです。

 

現代社会、そしてこれからは、組織単位ではなく、個人レベルで、インターネット上に情報が流れる時代です。個人が社会に発信する時代です。会社の評価が、会社の認識しない時間と場所で広まるのです。

 

twitter、Facebook、instagram、blog、2チャンネルを中心とする掲示板、その他SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)などを通して、スマートフォン一つで一瞬のうちに広められます。スマートフォンで録音も撮影もできる時代です。

 

税務調査があって、追徴課税含めて300万やられた話は、有名人や著名な企業でなければ、経営陣が口を閉じている限り、ネット上に公開されることはありません。しかし、労務は、たった一人の従業員から全国に、全世界に一瞬のうちに、企業の評価が広まるのです。

 

解雇した、パワハラが2年間で3件もあった、訴訟があった、2回くらいセクハラがあった、休みがない、労働時間が長くきつい、残業手当がない、給料が減った、社会保険に入れてくれない、雇用保険に入れてくれない、労災を適用してくれないなど、マイナス要素はなんでも広まります。事実無根なことだとしても、広まってしまえば風評被害と言える事態になることも想定しなければなりません。

 

近年の労務は、こうしたことで会社が足元を救われないようにすることが、労務トラブル防止よりも大切ではないかとも思っています。普段の従業員の意識、信頼のもとに働いてもらうことは大切です。 微力ながら、当事務所も力を注いでいきたいと自らの尻をたたきながら気合いを入れております。

社労士として、今

 
こんな風な経緯と考え方を辿り、なんとか事務所をやっております首都圏中央社労士事務所で
す。わたくし自身は、在野の一社会保険労務士にすぎません。資格がないと社会保険労務士の
業務はできませんので、資格のもとに業務をこなしますが、企業の経営労務の現場では、資格
は関係ありません。

 

いかに、社会保険労務士として、スキルを磨いて、常にお客様に貢献できるように、準備をするか、この精神に尽きます。社会保険労務士は人に関する多くのことを対応します。社会保険労務士の業務のほとんどはルーチンワークではありません。でも、経営は人が活動して売上・利益がもたらされる仕組みである以上、労務コンサルティングを重視し、お客様、経営者、そこで働く従業員を大切に思い、少しでも栄えるように尽力したいという思いです。

 

紛争の防止、社員に支持される企業づくり、社内の合理化・効率化、中小企業をブラック・ブラウン化の防止を支援するために、春日部を拠点に走ります。    

 

代表の拙い話を最後までお読みいただきまして感謝申し上げます。

 

                   首都圏中央社労士事務所

                   代表 特定社会保険労務士 亀岡 亜己雄

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